兼久 高良神社の「双体道祖神」

鳥取県米子市のサイノカミさん

米子市兼久のサイノカミは高良神社にあります。
対象の依り代は双体道祖神ですが、ふだん祠「幸神宮」に収められているため見ることができません。
ちなみにこの高良神社は珍しい下り宮です。

米子市 兼久 高良神社
2025-10-10
地域
鳥取県米子市
目印
高良神社
対象
双体道祖神 × 1基
参考
石に刻まれた祈り2 No.37
鳥取縣神社廳 高良神社

双体道祖神

お目当ての祠「幸神宮」は拝殿向かって10時方向にあります。
参考とさせていただいた資料には高島氏撮影による写真が掲載されていますので特徴を書き出してみると…

  • 小型
  • ゴツゴツした自然石にボウル型の彫込み
  • 中には肩組み図案の仲良し双体神立像が半丸彫りされている

といったところです。

類型:仲良しタイプ

  • 米子市 兼久のサイノカミ 高良神社の双体道祖神
    2022-12-24
  • 米子市 兼久のサイノカミ 高良神社の双体道祖神
    2022-12-24
  • 米子市 兼久のサイノカミ 高良神社の双体道祖神
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猿田彦神

また鳥取県神社庁のサイトによると、明治元年の神社改正で猿田彦神が合祀されているそうです。
推測ではありますが、それ以前ここのサイノカミさんは別の場所にあって、合祀の形でここへ移されて来たのではないでしょうか。

(前略) 猿田彦神は摂社で字新屋敷に鎮座。天照大御神(御崎神)は字内街道に鎮座していたのを元治元年(1864)境内に移し末社としていた。天津彦火瓊々岐尊・誉田別尊は摂社で字神日原に鎮座していたのを、享保20年(1735)境内に移し末社としていた。いずれも明治元年の合祀である。 『伯耆誌』は当社について「山城の高良社(石清水八幡宮摂社)を祭れるなるべし」と記している。

下り宮

下り宮(くだりみや)とは、本殿まで参道を下って参拝する神社を指します。
全国的に見ても珍しい神社で、日本三大下り宮と称される神社には次のようなものがあります。

神社めぐりがお好きな方も参拝なさってみては如何でしょうか。

  • 米子市 兼久 高良神社
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