大山砂防~大山のかっこいい砂防堰堤を訪ねて

大山山系直轄火山砂防事業
所長

中国地方の最高峰である大山には砂防堰堤が沢山あります。
約1万年前には活動が終息しているとはいえれっきとした火山である大山は、弥山熱雲と呼ばれる火砕流の堆積物をはじめ独特の地層に覆われています。
これらが浸食に対して極めて脆い性質であるため…早い話、現在進行形でめっちゃ崩れている訳です。
こういった状況を前に何も手を打たない場合、地滑りや土石流による周辺地域への被害が発生する可能性が高くなります。
しかし大山の崩壊はべつに今に始まった事ではありませんので、古くから対策はとられていました。
記録に残る最も古いものとして、大山寺創建(西暦718年)のころ、金蓮上人が金門を切り開いて大山寺集落を守ったというエピソードがあります。
これはさすがに弘法大師が水を湧かしたとか、キリストが水面を歩いたといったようなアレだとは思いますが、大山周辺の人々が土砂災害に対してナーバスになっていたという下地が無ければ、こういった伝説も生まれなかった事だろうと推察できます。
江戸時代には鳥取藩の山奉行により植林などが行われました。
そして大正6年、遂に大山初の近代砂防堰堤である金門狭堰堤が完成。
その後昭和7年から、鳥取県による農村匡救事業として日野川水系の砂防事業が始まりました。
景気対策としての匡救事業が終了した後も県の予算で砂防事業は行われていますが…

  1. 太平洋戦争中の森林伐採
  2. 相次ぐ大型の台風
  3. リゾート開発

などを要因とする土砂災害のリスクがいよいよ深刻になってきたため、昭和49年より直轄砂防事業、つまり国の管轄で砂防事業が行われる事になったのです。
直轄区域は大山南西斜面の…

  1. 別所川
  2. 清山川
  3. 大江川
  4. 白水川
  5. 小江尾川
  6. 船谷川
  7. 俣野川

以上7渓流流域です。
正直なところ細かい話は抜きにしてこれらの渓流を訪ね歩き、『かっこいい砂防堰堤の外観やスペックをただひたすら記録する』事が今回の目的だったりします。
堰堤ごとに記載してあるスペックは、

  1. 日野川河川事務所のあゆみ(2006)
  2. 堤銘板

などより引用させていただき、重複した項目で内容が異なる場合は文書系資料を優先しています。
また、堤銘板を目視出来る位置まで近づく事を目安に、その到達難易度も併記しています。
季節やメンテナンスの前後で難易度が乱高下しますのであくまでも目安です。
遠目に見るだけならば特殊な労力を要さないところが殆どですので、くれぐれも無理のないようお楽しみください。

ぽんきちくん 入っちゃダメって書いてあるところには入っちゃダメだぞ?
あと、各ページの情報は最終調査日を基準に書いてます。
現在は形や大きさが変わっていたり、それどころか立禁⛔になってる可能性もあるのであしからず。

大山砂防

コラム「金門狭堰堤

金門狭堰堤
大山登山口近隣。
金門狭に大山最古の近代砂防があります。
切石の乱積みが素朴でいい!
しかしそれだけかと思いきや…

直轄事業ではありませんが大山砂防とは切っても切れない記念碑的堰堤ですのでリンクを張っておきます。

大山の直轄砂防堰堤一覧

それではここからが本題です。
支流ごとにまとめてあり、詳細な情報はリンク先に埋め込んであります。
全部見るのは幾ら何でもしんどいと思いますので、特徴や外観などを参考にしていただけますと幸いです。
それではどうぞ。

別所川流域

清山川流域

大江川流域

白水川流域

小江尾川流域

船谷川流域

俣野川流域